『学校』
皆さんこんにちは。ブーマーです。
3月になり、いよいよ卒業シーズンがやってきました。…っと卒業系の小話をしたいところですが、今回は例の事件に触れなければなりません。そうです、先日寝屋川市の小学校で起こった卒業生による教師殺傷事件です。この事件には驚きました。僕の学校の職員室でも一時騒然となりました。
池田小学校の連続児童殺傷事件以降、オートロック式校門・インターホン・監視カメラ・教師の校内巡回・登下校時以外の校門施錠等々、様々な学校の防犯管理が行われていました。しかし今回の犯人はその学校の卒業生。インターホン越しに顔を見たとしても「おー!よく来たな!」と、こうなります。卒業生には母校へ帰ってくる権利がありますし、学校側としてもそれを望んでおります。ましてや「開かれた学校」を目指す今日の教育界において、卒業生に対して疑いの目を向けるなんて考えもみない事でした。しかしそこに今回の事件の盲点があったのです。
マスコミは学校の管理体制の甘さを叩きまくっています。ですが、母校に帰ってきた卒業生を暖かく迎えようとする教師の何がいけないのでしょうか?この部分をマスコミの指摘通りにすると学校が在校生のみの学校になり、その在校生も卒業するとブラックリストに載せる、という事になります。果たしてそれが教育現場において得策といえるのでしょうか?僕はそうではないと思います。それでは今回の事件にとらえられすぎて本来あるべき教師と生徒の関係を無視した考えであると思うからです。
ではどうすれば良いのか?
管理システムの改善案について頭に思いついた事を箇条書きしていくと、
@警備員を配置する
A完全にアポイント無しではいかなる人物でも完全に来校できなくする
などなど。まだまだ経験が乏しいがゆえ、あまりパッとした意見が浮かんできません。
そして次なる事件に備えた対処法・対応策対も考えていかなければなりません。
保護者の場合、在校生の場合、教師の場合、、、
考えればキリがありません。。。それに考えれば考えるほど学校という物自体が殺伐とした空間になってしまいます。
…
学校ってこんな嫌な空間だったのでしょうか?
友達と下校時間ギリギリまでドッヂボールをして遊んだグラウンド。
好きな子と会うためにドキドキしながら歩いた廊下。
「ジャンケングリコ」をしながら上った階段。
友達と笑わせあいながら牛乳を飲んだ給食時間。
睡魔との闘いだった授業時間。
仲の良い友達と隣り合わせになってテンションが上がりまくった席替え。
好きな子と同じになる事を祈りまくったクラス替え。
お腹のお肉を見せるのが嫌だったプール&身体測定。
バレンタインの時に何度も覗いた下駄箱。
大会に向けて下校時間が過ぎても練習した部活動。
友達との何でもない話に無邪気に盛り上がった放課後。
そんな喜怒哀楽が散りばめられていた空間が学校だったのではないでしょうか。
それが何故そこに「恐怖」をも感じなければならなくなったのでしょう。
今回逮捕された少年の原因は、当時の「イジメ」だと言われています。
イジメ。
一体何十年前からこの問題は叫ばれているのでしょうか。
学校側は卒業生などの証言から「当時イジメはなかった」としています。確かにイジメている本人からすれば単なる悪ふざけなんですから、イジメている意識なんてないことでしょう。しかしイジメられている本人からすれば、その悪ふざけを不快に感じていればそれをイジメと捉えるのです。今回の犯人に対しては人を殺しているのですから肩を持つ気持ちはサラサラありません。しかし当時犯人の少年に対して本当にイジメがなく楽しい想い出を残して卒業を迎えていたら、イジメられていたとしても見方になってくれる友達がいたら、イジメを素早く察知して話を聞いてあげたり対処したりできる教師がそばにいたら、今回の事件も起こらなかったのかなぁ、と「たられば論」を考えてしまいます。
今学校が最も目を向けるべき相手は「不審者」だけではなく「生徒」なのでは、と改めて思います。僕はまだ学校において大きな口を叩けるほど偉い身分ではありません。まだ欠員補充の臨時講師です。そんな僕には教育界を大きく変えることはできませんが、生徒と密に接していく事ならできます。それは当たり前でほんと小さな事かもしれません。ですが、その小さな事をコツコツと重ね挙げて生徒の大きな想い出を作る事ができたらなと思います。
先日、職員室に一本の電話がA先生宛にかかってきました。相手はA先生が昔いた学校の卒業生。あいにくその先生が不在だった為に僕が代わりに要件を伺ったところ、「今度同級生が結婚するのでお世話になったA先生からお祝いのメッセージが欲しい」との事。学校っていつまでもそんな暖かい空間であって欲しいですね。
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