梅宮ジリオの料理教室
*第七回*

鍋料理 〜序章〜
もうすぐ冬到来、鍋料理の季節、暑い夏に辛い「チゲ鍋」を、夏バテ対策に以前紹介した「モツ鍋」を食べるのもいいものですが、なんといっても「鍋」は「冬」、「冬」は「鍋」。ということで、今月からしばらく鍋料理を紹介していこうかと思います。今月はまず「鍋」とはなんぞや!と僭越ながら書こうかと思います。
寒い季節に温かい鍋を囲み、食を楽しむ風情は日本独特の料理といっていいでしょう。かの北大路魯山人も鍋をこよなく愛し、鍋への一節がしるされています。「冬、家庭で最も歓迎される料理は鍋料理であろう。煮たて、焼きたてが食べられるからである。鍋料理は気のおけぬごく懇意な間柄の人を招いて、和気あいあい、家庭的に賑々しくつき合うような場合にふさわしい家庭料理といえよう。」
日本の鍋料理は全国各地でその土地土地の特産物を生かし、調理の趣向を凝らした特色あふれるものが数多くあります。ワタクシ的に三大鍋を上げろと言われると、「ふぐちり」、「かに鍋」、・・・、迷いに迷い、「すっぽん鍋」。個人的には「しょっつる鍋」が好きですが、三大といえばこの三つを挙げます。あと漁師さんが海辺で作るその土地土地の鍋なんて美味しくないはずもなく、想像しただけで漁師になりたいですヨネ?!。
これほど日本人に愛されている鍋料理のもともとの起源はいつごろなのでしょうか。鍋料理の歴史をひもとくには、まずその煮るための器具として「鍋」の起源をみてみたいと思います。日本では「鍋」は奈良時代から使われ、土器製の鍋と、金属製の鍋があったようです。煮炊きする際には鍋の淵の耳につるをかけて囲炉裏の自在鍵に吊り上げる方式と五徳にのせて火にかける方式の二つのやり方がありました。地域的に分けますと吊り上げる方が東日本で、のせる方が西日本で多く行われました。前者の方は囲炉裏の鍋を人々が囲み、食すので鍋料理のイメージがありますが、後者は煮ながら食すというよりは、汁物や煮物を作るという感じで鍋料理とは違い、実際に現在の鍋料理の様式が広まったのは、江戸時代になってからだと言われています。しかし江戸時代の料理書に汁物、煮物、焼き物という料理を調理の仕方で分類し記述しているものは多いのですが、鍋物という言葉は見あたりません。ただ料理名の中に鍋のつくものや料理の内容からいって鍋料理と考えられるものが数多く残っています。いくつか紹介してみましょう。
江戸時代初期の「料理物語」には「なべやき」という言葉が出てきます。内容は味噌汁で煮る鍋料理のようです。「江戸料理集」には「鍋こくしほ」(=鍋濃漿)という味噌汁仕立ての寄せ鍋の意味の料理が出てきます。「素人包丁」には「鋤焼」という言葉が出てきますが、これは現在の「すき焼き」とは全く異なり、農作用の鋤を鍋の代わりにして魚や、鯨などの肉を焼いて食したようです。「豆腐百珍」には「湯やっこ」(=湯豆腐)が登場します。ちなみに「やっこ」とは大名行列の中の奴さんの着物の紋が賽の形であったことから大きい賽の目に切った豆腐を「奴豆腐」と呼びます。「黒白精味集」には「貝焼」というあわびや帆立の貝の貝殻を鍋代わりにして魚貝や茸などの材料を煮込む料理も記されています。現在の秋田県には郷土料理として「しょっつる鍋」と同じ材料を貝で煮て食べる「しょっつる貝焼」があります。「江戸時代料理書」に唐料理として記されている「もうりやう」という名前の鶏汁は「水炊き」の元祖といえます。このことから鍋料理は中国料理の影響も受けていることが判ります。やがて江戸時代の後記になると料理書以外の書物にも鍋料理は頻繁に登場したことから、庶民の生活に深く浸透していったことがうかがえます。そして「すきやき」をはじめ現在食されている定番の鍋が流行したのはそれよりもあと、明治時代以降と言われています。
っと歴史はこれぐらいにしておきまして、次回より実際に料理を紹介していきます。
お楽しみに!!
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